東京地方裁判所 平成5年(行ウ)231号 判決 1995年12月20日
主文
一 原告山内季子及び同山口行治の被告らに対する本件訴えをいずれも却下する。
二 原告山内季子及び同山口行治を除くその余の原告らの被告東京都知事に対する本件訴えのうち、建築基準法五九条の二第一項の許可の取消しを求める部分を却下する。
三 原告山内季子及び同山口行治を除くその余の原告らの被告東京都知事に対するその余の請求及び被告東京都建築主事に対する請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 平成五年(行ウ)第二三号事件
被告東京都知事が千代田生命保険相互会社に対し別紙物件目録記載の建築物について平成四年七月七日付けでした建築基準法五九条の二第一項の許可及び東京都市計画高度地区(東京都渋谷区決定・平成元年東京都渋谷区告示第六一号)に基づく許可をいずれも取り消す。
2 平成五年(行ウ)第二三一号事件
被告東京都建築主事が千代田生命保険相互会社に対し別紙物件目録記載の建築物について平成五年五月一七日付けでした建築確認を取り消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告らの答弁
1 本案前の答弁
原告らの訴えをいずれも却下する。
2 本案の答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 千代田生命保険相互会社(以下「訴外会社」という。)は、東京都渋谷区広尾一丁目四八番二及び同番五の土地(以下「本件敷地」という。)に別紙物件目録記載の建築物(以下「本件建築物」という。)を新築する計画を立てた。
被告東京都知事(以下「被告知事」という。)は、平成四年七月七日、建築基準法(以下「法」という。)五九条の二第一項に基づき、訴外会社に対し、本件建築物について、法五二条所定の容積率制限及び法五六条一項二号イ所定の建築物の各部分の高さ制限(以下「隣地斜線制限」という。)を緩和し、本件建築物の最高の高さを一一〇・二五メートル、容積率を四三七・五五パーセントとする許可(以下「本件総合設計許可」という。)をするとともに、都市計画法八条一項三号の高度地区に関する東京都市計画高度地区(東京都渋谷区決定・平成元年東京都渋谷区告示第六一号)所定の斜線による建築物の各部分の最高限度の高さ制限(以下「第三種高度斜線制限」という。)を適用しない旨の許可(以下「本件都市計画許可」といい、本件総合設計許可と本件都市計画許可をあわせて「本件各許可」という。)をした。
その後、被告東京都建築主事(以下「被告建築主事」という。)は、本件各許可の存在を前提として、平成五年五月一七日、訴外会社に対し、本件建築物につき法六条に基づく建築確認(以下「本件確認」という。)をした。
2 原告宮崎三四郎(以下「原告宮崎」という。)は別紙2の<1>と表示の建物(以下、別紙2に示す建物をその記号によって「<1>建物」などという。)を、原告福井清(以下「原告福井」という。)は<2>建物を、原告山内季子(以下「原告山内」という。)は<4>建物のうちの区分所有建物を、原告山口行治(以下「原告山口」という。)は<5>建物のうちの区分所有建物を、それぞれ所有してこれに居住し、原告安座上すみ子(以下「原告安座上」という。)は<6>建物を所有してこれを他人に賃貸し、<7>建物に居住している。
訴訟承継前原告亡田付景一(以下「亡田付」という。)は<3>建物を所有してこれに居住していたが、平成六年一二月一一日死亡し、原告田付美代子、同永嶋妙子、同田付景之、同田付宏二、同中村純子、同田付昭夫(以下「原告田付ら」という。)がその権利義務を共同相続した(なお、原告田付らのうち原告田付美代子は右建物に居住しているが、その余の者はこれに居住していない。)。
右各建物と本件敷地及び本件建築物との距離関係は、概ね別紙2に記載のとおりである。
3 <1>ないし<3>建物及び<6>建物は、都市計画上の第一種住居専用地域、第一種高度地区と指定された地域地区の中に存在し、<4>及び<5>建物は、都市計画上の住居地域、第三種高度地区と指定された地域地区の中に存在している。
4 原告らは、東京都建築審査会に対し、平成四年九月一八日本件各許可について、また、平成五年六月二五日本件確認について、それぞれ審査請求をしたが、未だ裁決がされていない。
5 被告知事がした本件総合設計許可は法五九条の二第一項の許可(以下「総合設計許可」という。)の要件を欠くものであるし、本件都市計画許可は前記都市計画所定の第三種高度斜線制限の適用除外の要件を欠くものであって、いずれも違法であり、また、被告建築主事がした本件確認は、右違法な本件各許可を前提としてされたもので違法である。
よって、原告らは、本件各許可及び本件確認の取消しを求める。
二 被告らの本案前の主張
1 被告知事の主張
(一) 本件各許可は、市街地の環境の整備改善に資するという公益の実現を目的とする高度に合目的的な行政裁量によって行われるのであって、法五九条の二や高度地区に関する都市計画(以下「高度地区計画」という。)の定めも、もっぱら公益保護を目的とするもので、直接近隣住民の利益を保護するために設けられたものではない。
したがって、原告らは、本件各許可により反射的に不利益を被ることがあるとしても、これにより法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあるとはいえないから、本件各許可の取消しを求める法律上の利益を有しない。
(二) また、本件確認と本件各許可とは別個の行政庁によって行われる別個独立の処分であり、本件各許可があっても直ちに本件建築物の建築が可能となるわけではなく、本件確認によって初めてその建築が可能となるものであるから、本件各許可を取り消しても、別個の行政庁である被告建築主事がした本件確認には何ら影響を及ぼすものではない。したがって、本件各許可は、その適否を取消訴訟で争うことが無意味であって、争訟の対象としての成熟性を欠くものであり、少なくとも本件確認がされた後は、本件各許可を取り消しても原告らが侵害されたという利益を回復できるものではないから、原告らには本件各許可の取消しを求める訴えの利益が認められない。
(三) したがって、原告らの被告知事に対する本件訴えは不適法として却下を免れない。
2 被告建築主事の主張
(一) 法六条に基づく建築確認は、建築関係法規に適合しない建築物の出現を防止するため、建築工事の着手に先だって、当該建築物が建築関係法規に適合していることを公権的に判断する制度であって、当該建築物の近隣住民の権利利益を侵害する処分ではなく、また、建築主事は、確認に際し、当該建築物が建築関係法規に適合しているかどうかを判断するだけであるから、原告らが主張する良好な住環境、風害、プライバシー、日照、圧迫感等の生活上の利益のうち、法五六条の二により審査対象とされている日照を除くその余の事項については、これを考慮、審査する権限も義務もないのであって、当該建築物の近隣住民は、右良好な住環境を享受する利益などの侵害を理由に確認の取消しを求める法律上の利益を有するということはできない。
(二) ところで、法五六条の二第一項並びに東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例(以下「日影条例」という。)三条及び別表第一によれば、本件建築物は、第一種住居専用地域・第一種高度地区に存在する亡田付、原告福井及び同宮崎の住居敷地の平均地盤面から高さ一・五メートルの位置において、冬至の真太陽時の午前八時から午後四時までの間、敷地境界線からの水平距離が五メートルを超え一〇メートル以下の範囲で四時間以上、一〇メートルを超える範囲で二・五時間以上日影となる部分を生じさせてはならないと規制されている。
しかし、亡田付の住居敷地には二時間、同福井の住居敷地には二時間五分、同宮崎の住居敷地には二時間一五分、それぞれ本件建築物の日影が及ぶだけであって、原告山内、同山口及び同安座上の住居敷地には本件建築物による日影の影響がないから、本件建築物は日影規制に違反しておらず、原告らは、本件確認によって日照利益を侵害された者としてその取消しを求める法律上の利益を有しない。
(三) したがって、原告らの被告建築主事に対する本件訴えは不適法として却下を免れない。
三 本案前の主張に対する原告らの反論
1 総合設計許可は、交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がなく、かつ、「市街地の環境の整備改善」に資すると認められることを要件とするものであり、許可要綱及びその実施細目は、日照、風害、大気汚染、騒音、電波障害、交通等の障害を審査事項とし、必要があると認められるときは、許可に係る建築物の敷地境界線からその高さの二倍の水平距離の範囲内にある土地又は建築物に関して権利を有する者、当該範囲内に居住する者及び当該建築物による電波障害の影響を著しく受けると認められる者を対象として公聴会を行うものとしている。
また、高度地区計画は、用途地域内における「市街地環境を維持」することを目的として、住居地域内の適正な人口密度及び「良好な居住環境を保全する」必要のある区域について定められるものである。
2 したがって、総合設計許可や本件都市計画許可に関する行政法規は、市街地の環境の整備改善や良好な居住環境を保全することを目的とし、日照・採光・通風の利益、プライバシー、建築物による視界阻害・圧迫感・不衛生・騒音・振動などによる居住環境への侵害を受けない利益といった周辺住民の人格的な利益を保護の対象としていることが明らかであり、しかも、それら住民の人格的利益の内容は、人が日常生活を維持していくうえで欠くことのできないものとして個別的な保護を必要とするものである。
そうすると、総合設計許可や本件都市計画許可に関する行政法規は、不特定多数者の具体的利益を、それが帰属する住民個々人の個別的利益としてもこれを保護する趣旨で、特定行政庁の許可権限の行使に制約を課する趣旨をも含むものと解すべきであって、原告らは、本件各許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する。
3 法一条にいう「国民」とは、具体的には法六条の建築確認によって生命、健康及び財産を侵害され、あるいは悪影響を受ける可能性のある近隣住民のことであり、法二条以下の各条項は、近隣住民の生命、健康及び財産という具体的な権利利益を保護するために様々な建築規制をしているのであるから、法は、公益の維持増進という側面と同時に近隣住民の具体的な権利利益を保護しようとする側面を併有するものといわなければならない。
本件確認は、本件各許可の存在を前提とし、本件建築物が法五六条の二の規定その他の建築関係法規に適合することを審査して行われたものであるから、総合設計許可及び本件都市計画許可に関する行政法規並びに建築関係法規によって保護された利益、すなわち右2の人格的利益を有する原告らは、本件確認の取消しを求める原告適格がある。
四 請求原因に対する認否
請求原因1、3及び4は認め、同2は不知、同5は争う。
五 抗弁
(本件総合設計許可の適法性)
1 本件建築物は、別紙3のとおり、地上二二階建ての事務所棟、地上一三階建ての住居棟、地上二階建ての店舗棟を主要な建物とする建築物であり、その立面(断面)は、本件敷地の西側から見たものが別紙4のとおり、本件敷地の南側から見たものが別紙5のとおりの高さ及び形態となっており、建築敷地以外の空地のかなりの部分が、歩道、広場、貫通通路という公開空地となっている。
2 法五九条の二第一項の「その敷地内に政令で定める空地を有し、かつ、その敷地面積が政令で定める規模以上である」との要件(以下「空地・敷地要件」という。)の充足
本件建築物の敷地内には、建築基準法施行令(以下「施行令」という。)一三六条一項の表(3)所定の五〇パーセントを超える六三・三一パーセントの空地(本件敷地における建築面積の割合は三六・六九パーセントである。)があり、また、本件建築物の敷地面積は、施行令一三六条三項の表(2)所定の二〇〇〇平方メートル以上である一万三〇五七・八三平方メートルであるから、本件建築物は、空地・敷地要件を充足している。
3 法五九条の二第一項の「交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がなく」との要件(以下「交通上等の要件」という。)の充足
(一) 交通上の支障
本件建築物完成後の周辺の車両通行については、渋谷方面から渋谷橋交差点へ進入する箇所において、将来車両交通量が交通容量を超える事態が予想されるが、信号機の信号周期の調整を行うことにより交通渋滞の発生を極力避ける対応策をとることができ、また、本件敷地への車両出入口は駒沢通り(本件建築物西側の区道)に面する箇所に設けられるだけであり、周辺の生活道路に支障が生じることはない。さらに、本件建築物に集中する人の数は一日約一万七〇〇〇人と予想されるが、駒沢通りの歩道幅員(一・八五メートル)に照らして午前八時から九時の歩行者数のピーク時においても歩行者通行に支障はない。
(二) 安全上の支障
本件建築物は十分な構造耐力があり、安全上の支障はない。
(三) 防火上の支障
本件建築物は、火災時の通報、避難誘導、消火等の設備を備え、防火上の支障がない。
(四) 衛生上の支障
本件建築物の日照、採光、通風などその衛生上の支障はない。
4 法五九条の二第一項の「その建築面積の敷地面積に対する割合、延べ面積の敷地面積に対する割合及び各部分の高さについて総合的な配慮がなされている」との要件(以下「総合配慮要件」という。)の充足
(一) 本件建築物の建ぺい率
本件建築物の建ぺい率は、基準建ぺい率の約半分の三六・六九パーセントと少ないものであり、本件敷地の空地率約六三パーセントは、施行令で必要とされる五〇パーセントを相当上回っている。
(二) 本件建築物の容積率
本件敷地内の公開空地の割合及び公益施設(地域暖冷房設備及び中水道設備)からすると、東京都が総合設計許可制度の運用の基準として定めた東京都総合設計許可要綱(以下「許可要綱」という。)によって認められる本件敷地上の建築物の最大の容積率は四七三・一〇パーセント(基準容積率三二三・九五パーセントに、公開空地による割増限度一三〇・〇二パーセント及び公益施設による割増限度一九・一三パーセントを加えたもの)であるところ、本件建築物の容積率四三七・五五パーセント(基準容積率に、公開空地による割増率九四・四七パーセント及び公益施設による割増率一九・一三パーセントを加えたもの)は最大の容積率を相当に下回ったものである。
(三) 本件建築物の各部分の高さ
許可要綱の第4によれば、敷地の各辺における計画建築物の斜線投影面積が法の規制の範囲内で建築可能な最大限の建築物(以下「一般建築物」という。)の各辺における斜線投影面積を超えない範囲で斜線制限を緩和すると定めているところ、本件敷地各辺における本件建築物と一般建築物との斜線投影面積を比較すると、本件建築物の斜線投影面積は本件敷地の南の辺において一般建築物のそれを上回っているが(その他の東、西、北の各辺ではいずれも上回っていない。)、許可要綱は、敷地境界線からの後退距離に敷地の当該辺の長さを乗じて得た面積を減じたものを当該辺に係る計画建築物の斜線投影面積とすることができる旨の特例(以下「斜線投影面積の特例」という。)を定めており、これによると、結局、本件建築物の斜線投影面積は本件敷地の各辺で一般建築物のそれを下回っている。
そして、右斜線投影面積の比較からすれば、本件建築物については、事務所棟の形態を同様のものとした場合、許可要綱によって最高の高さを概ね一三〇メートルまで緩和できることになるから、本件建築物の最高の高さ一一〇・二五メートルまで隣地斜線制限を緩和したことはその範囲内でされたもので許可要綱に反するものでない。
なお、本件建築物による日影の影響は、日影条例による規制よりも厳しい許可要綱の基準を充足している。
5 法五九条の二第一項の「市街地の環境の整備改善に資する」との要件(以下「環境整備要件」という。)の充足
右4のとおり、本件建築物については建ぺい率、容積率及び建築物の各部分の高さについて総合的な配慮がされているということができるところ、本件敷地の広い空地には、歩行者などの一般人が自由に利用できる歩道・貫通通路、緑地や広場などが設けられるが、これらは災害時の避難に役立つものであり、また、本件建築物には、事務所、店舗、共同住宅、スポーツ施設などが配され、防災上の観点から、災害時にガラスやタイルが落下することがないよう配慮され、日照、通風などの点で周辺の環境保全にも配慮されているものであって、市街地の環境の整備改善に資するものということができる。
6 法五九条の二第二項の要件の充足
被告知事は、本件建築物の敷地境界線から本件建築物の高さの二倍の水平距離の範囲内の関係権利者及び電波障害の影響を著しく受けると認められる者を対象として公聴会を行い、それら利害関係人の意見を聴取し、平成四年三月三〇日、東京都建築審査会に右公聴会の聴聞の要旨を添え、本件総合設計許可を行うにつき同意を求め、同日、同審査会の同意を得た。
(本件都市計画許可の適法性)
7(一) 東京都渋谷区は、都市計画法八七条の二及び同法施行令四六条一号により、同区内における高度地区計画(以下「本件都市計画」という。)を定め、平成元年東京都渋谷区告示第六一号(以下「本件告示」という。)によって告示しているところ、これによれば、本件敷地のうち別紙1の図面中の点線の西側部分は高度地区計画の対象となっていないが、東側部分は第三種高度地区に指定され、建築物の高さの最高限度が第三種高度斜線以下に制限される。
(二) しかしながら、本件都市計画は、第三種高度地区に指定された地域内において、「建築基準法施行令一三六条に定める敷地内空地及び敷地規模を有する敷地に総合的な設計に基づいて建築される建築物で市街地の環境の整備改善に資すると認められるもの」につき、予め建築審査会の同意を得て特定行政庁が許可した建築物については、第三種高度斜線制限の適用がされないとの定めを置いている(以下、特定行政庁の右許可を「高度斜線適用除外許可」という。)。
(三) 本件建築物は前記のとおり総合設計許可の総合配慮要件及び環境整備要件を充足するものであり、かつ、本件建築物について第三種高度斜線制限を適用除外とすることについて東京都建築審査会による同意が行われているから、本件都市計画許可は適法である。
(本件確認の適法性)
8 本件総合設計許可により容積率制限及び隣地斜線制限が緩和されていること、本件都市計画許可により第三種高度斜線制限が適用されないことからすれば、最高の高さを一一〇・二五メートル、容積率を四三七・五五パーセントとする本件建築物の建築計画は法所定の建築関係法規に適合するものであるから、本件確認は適法である。
六 抗弁に対する認否
1 抗弁1及び2の事実は認める。
2(一) 同3(一)の事実は否認する。
渋谷橋交差点は現在でも飽和状態であり、平成七年七月一九日の時点において、恵比寿駅から進入する車両交通量が一日当たり二万一三七一台、渋谷方面から進入する車両交通量が一日当たり一万二三一七台であって、訴外会社の本件総合設計許可申請時の予想を大きく上回っている。
また、本件建築物の建築によって、歩行者通行は、買い物歩行の水準では、九時から一九時の間歩行が不可能か困難となり、一一時から一四時及び一六時から一八時の間は歩行が不可能となり、通勤歩行の水準でみても、九時から一九時の間歩行が不可能、困難、やや困難となり、一一時から一四時及び一七時から一八時の間の歩行が不可能又は困難となる。
したがって、本件建築物は、「交通上の支障」があるというべきである。
(二) 同3(二)は争う。
本件建築物の建築工事によって地盤沈下の危険があるうえ、本件建築物の建築によって周辺土地にかなりの風害が発生するほか、下水道の流下能力に問題があり、歩行者通行にも危険が増大するから、本件建築物は「安全上の支障」がある。
(三) 同3(三)は知らない。
(四) 同3(四)は争う。
本件建築物により、<1>建物(原告宮崎の住居)は冬至の午後一時四五分から日没まで約三時間、<2>建物(原告福井の住居)は午後一時五五分から四時一五分まで約二時間二〇分、<3>建物(亡田付の住居)は午後一時一五分から三時一五分まで約二時間、それぞれ日影となり、午後はほとんど日が当たらないという日照被害を受ける。右各建物は、第一種住居専用地域内に存在し、本来、低層住宅による良好な居住環境が保障されなければならない立地条件にあるから、本件建築物は、近隣の市街地環境の日照に重大な悪影響を及ぼすものである。
また、本件建築物による風環境の悪化についてみると、本件建築物の周囲で増風が著しく、二六箇所の地点で風速比が〇・五以上、九箇所の地点で風速比が〇・七以上となり、風工学研究所の風環境評価によると、防風対策後でも住宅地として好ましくない風環境となる場所が一三箇所にのぼっている。
したがって、本件建築物は、近隣の住宅地に著しい日影、風害をもたらすもので、「衛生上の支障」がないとは到底いうことができない。
3(一) 同4(一)の事実は認める。
(二) 同4(二)は争う。
公開空地が容積率割増しの理由となるのは、それが都心で確保の困難な災害時の避難場所としての機能を有するからであるところ、本件敷地内の公開空地によっては、十分な避難場所が確保されているとはいえないし、かえって、浮浪者や未成年者のたまり場となりかねないのであって、本件において公開空地による容積率の割増しを許容した被告知事の判断は、その裁量を逸脱濫用する違法なものである。
また、許可要綱が公益施設による容積率の割増しを許容している点は、法が認めていない容積率割増しを行うという違憲・違法なものである。のみならず、本件敷地周辺は、東京都公害防止条例による地域暖冷房推進地域でもないし、本件敷地内の地域暖冷房施設から暖冷房の供給を受ける者は現在も将来もいないから、右施設が公益施設であるともいえない。
(三) 同4(三)は争う。
許可要綱が定める斜線投影面積の特例は、計画建築物が境界線から後退する部分の斜線投影面積を二重に控除し、計画建築物の斜線投影面積を不当に少なく算出することを許容するものである。すなわち、本件敷地の南の辺における本件建築物の斜線投影面積には、初めから敷地内に生じる斜線投影面積の部分を含めていないにもかかわらず、右特例は、本件建築物と一般建築物の斜線投影面積の大小を比較する際、さらに本件建築物の同辺における斜線投影面積を建築物の後退距離に応じて減じることができるとするものであり、その結果、本件敷地の南の辺において本件建築物の斜線投影面積の方が一般建築物のそれよりも小さいとされ、最高の高さ一一〇・二五メートルもの本件建築物の建築が可能とされたのである。
このような斜線投影面積の特例による斜線制限の緩和の二重の拡大は、総合設計許可制度の運用基準として定められた「総合設計に係る許可準則について」(昭和六一年一二月二七日建設省住街発第九三号建設省住宅局長通達。以下「準則」という。)及び「総合設計許可準則に関する技術基準について」(昭和六一年一二月二七日建設省住街発第九四号建設省住宅局市街地建築課長から特定行政庁建築主務部長あて通知。以下「技術基準」という。)によっても許容されるところではなく、法が予定しない斜線制限の緩和を認めるものであって、違法である。
4 同5は否認する。
本件敷地の近隣は、昭和初期から現在まで、低層住宅、教育施設、公共用の施設、宗教施設によって形成されている静謐で良好な高級感のある住宅街であり、低層の建物が建ち並び、緑も多い優れた景観を有しており、現在も将来も、東京都渋谷区の都市計画において住居系の用途地域とされる地区である。このような良好な住環境が保全されている地域に、近隣の街並みと全く調和しない本件建築物のような超高層の商業施設を建築することは、良好な住環境を破壊することはあっても、市街地の環境の整備改善に資するものでないことは明らかであり、本件建築物の建築は環境整備要件を充足するものとはいえない。
5 同6の事実は認めるが、東京都建築審査会の同意は無効である。
すなわち、本件敷地内の緑地に降った雨水の下水道への流入係数は当初は〇・〇であったのに同意後に〇・九と変更され、本件建築物を建築する際の連続止水壁の深さは二三メートルとされていたのに同意後に二六メートルに変更され、風洞実験による風環境の悪化の予測値が同意後に再度の風洞実験によって変更されており、本件建築物完成後の歩行者通行の密度に関する基礎資料は恣意的な操作をもとにして作成されたものであった。
したがって、同審査会の同意は、右のような下水道、地盤沈下、風害、歩行者通行に関する不備あるいは捏造した資料に基づいて行われたものであって無効である。
6 同7(一)及び(二)の事実は認める。同7(三)のうち、東京都建築審査会による同意がされたことは認めるが、その余は争う。
法及び都市計画法には、高度地区計画による制限を緩和する規定は存在していないから、本件都市計画において第三種高度斜線制限の適用除外を定めた本件告示は違法である。
また、高度地区計画は、主として隣地に対する採光、通風、圧迫感、俯瞰への配慮を重視した建築物の高さの制限であるから、本件都市計画において第三種高度斜線制限を緩和する許可が許されるとしても、その緩和を許容する合理的な根拠がある場合に、合理的と考えられる一定の範囲で許されるにすぎないと解すべきであって、本件敷地の近隣が中低層住宅からなる住居地域及び低層住宅からなる第一種住居専用地域であることに照らせば、本件建築物について第三種高度斜線制限を二〇パーセント以上緩和することは許されないというべきであり、本件都市計画許可は違法である。
7 同8は争う。
第三 証拠(省略)
理由
第一 本件訴えの適法性について
一 請求原因1、3及び4の事実は当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いがない甲第六三号証及び原告安座上すみ子本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば請求原因2の事実が認められる(亡田付の本件訴えは、本件建築物によって日照や採光、通風の利益などに影響を受けることを理由に、本件各許可等の取消しを求めるものであるところ、少なくともその主張する日照の利益は、現に建物に居住している者の人格的利益というのみならず、当該建物の財産的利益としての側面も否定できないから、原告田付らは、亡田付の死亡に伴い<3>建物の所有権を共同相続したことにより、亡田付の本件訴訟を承継したものということができる。)。
二 そして、右事実と成立に争いのない甲第二一号証、乙第三号証、第九号証、原本の存在及び成立に争いがない甲第二号証、乙第一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 本件敷地は住居地域及び防火地域・準防火地域内にあるもので、法五三条によれば、耐火建築物を建築しようとする場合の建ぺい率は住居地域に係る数値六〇パーセントに一〇パーセントを加えた七〇パーセントとなり、本件敷地のうち別紙1の図面中の点線(西側区道の道路境界線から東側三〇メートルの線)の西側部分と東側部分の容積率を加重平均した本件敷地の法五二条所定の容積率(基準容積率)は三二三・九五パーセントとなる。
また、住居地域にあるため、本件敷地上の建築物の各部分の高さは法五六条一項三号の北側斜線制限を受けないが、本件敷地のうち別紙1の図面中の点線の東側部分は、本件都市計画によって第三種高度地区に指定されているため、その部分の地上建築物の高さの最高限度は、北側(真北)の前面道路の反対側の境界線又は隣地境界線上から所定の角度によって決められた第三種高度斜線以下に制限される(本件敷地のうち別紙1の図面中の点線の東側部分が第三種高度地区に指定されており、建築物の高さの最高限度が第三種高度斜線以下に制限されていることは当事者間に争いがない。)。
2 本件都市計画は、「建築基準法施行令一三六条に定める敷地内空地及び敷地規模を有する敷地に総合的な設計に基づいて建築される建築物で市街地の環境の整備改善に資すると認められるもの」については、特定行政庁がこれを許可することにより第三種高度斜線制限の適用を除外できる(ただし、予め建築審査会の同意が必要である。)旨定めている(この点は当事者間に争いがない。)。そして、許可要綱では、高度地区計画による斜線は、北側斜線と全く同列に扱われ、その両者を「北側斜線制限」と総称し、総合設計許可と同一の基準によって緩和の可否が判断される扱いとされている。
3 本件建築物は、道路斜線制限(法五六条一項一号)及び東側・北側隣地に係る隣地斜線制限(同項二号)には抵触しないが、別紙4の図面中の斜線に示されたとおり、その事務所棟が南側隣地に係る隣地斜線制限及び第三種高度斜線制限に抵触し、また、その全体の容積率(四三七・五五パーセント)も基準容積率を超えるものである。
4 訴外会社は、平成三年一二月一〇日、特定行政庁である被告知事に対し、本件建築物につき容積率制限、南側隣地に係る隣地斜線制限及び第三種高度斜線制限を緩和し、建築物の最高の高さを一一〇・二五メートルとしたうえその容積率を四三七・五五パーセントとすることの許可を申請した。
被告知事は、平成四年三月三〇日、東京都建築審査会の同意を得て、同年七月七日付けで本件建築物につき本件各許可をし、その後、被告建築主事は、本件各許可を前提として、平成五年五月一七日付けで本件確認をした(この点は当事者間に争いがない。)。
5 本件敷地と原告らの住居等との位置関係は、別紙2の図面のとおりであり、本件建築物は、冬至の真太陽時の午前八時から午後四時までの間、平均地盤面からの高さ一・五メートルにおいて、亡田付、原告福井及び同宮崎の各住居敷地にそれぞれ二時間前後の、同安座上の所有建物(<6>建物)に一時間弱の日影を及ぼすことになるが、本件敷地の南側に存在する原告山内、同山口の住居及び本件敷地から数百メートル離れた同安座上の住居(<7>建物)には日影を及ぼすわけではない。
三 本件各許可の取消しを求める原告適格について
1 行政事件訴訟法九条にいう処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであるが、右にいう法律上保護された利益とは、処分の本来の法的効果として実体上制限されることになる利益に限られるものではなく、処分の根拠をなす行政法規が個人の具体的利益を個別的に保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されることになる利益も含まれると解される。
2 本件総合設計許可の取消しを求める原告適格について
総合設計許可は、一定規模以上の敷地面積及び空地を有する建築計画について、法が一般的に規制している容積率制限(法五二条一ないし三項)、建物の絶対高制限(法五五条一項)及び斜線制限(法五六条)を緩和することができるとしているものであるが、前記認定したところからすれば、本件総合設計許可は、本件建築物につき、右のうち容積率制限と南側隣地に係る隣地斜線制限を緩和するものであって、その他の斜線制限及び建物の絶対高制限については右許可による緩和の対象とされていないということができる。
ところで、法が規制している容積率制限は、建築物の過密化を避け適当な都市環境を確保するとともに道路等の公共施設との調和を図ることなどを目的とするものであって、近隣住民の個別的な利益を直接保護する趣旨のものでないことは明らかであるから、本件総合設計許可が容積率制限を緩和している点をとらえて、その取消しを求める原告らの原告適格を基礎づけることはできない。
これに対し、斜線制限は、一般的には日照、採光、天空視界の確保、上空開放感の維持などを目的としたものといえるが、そのうち北側斜線制限(法五六条一項三号)が隣接地の日照の利益を直接保護しようとするものであるのに対し、本件で緩和の対象とされた南側隣地に係る隣地斜線制限は、隣接地の日照を保護することを目的としたものでないことはいうまでもなく、右斜線制限は、専ら一般的な採光、天空視界の確保、上空開放感の維持などを目的とするものと解するのが相当である。
したがって、北側斜線制限を緩和する総合設計許可の場合には、法は、右斜線制限によって保護された隣接地の居住者等の日照利益に対する侵害の有無・程度などについても個別的具体的に考慮し、法五九条の二第一項所定の総合配慮要件等の審査を行うことを要求しているものと解されるから、右許可により日照利益に影響を受けることとなる隣接地の居住者等は、その許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するということができる。これに対し、右のような南側隣地に係る隣地斜線制限の目的からすると、右斜線制限が、一般的な都市空間の確保という公益保護とともに、その隣接地の居住者等の利益を直接個別的に保護する趣旨に出たものと解することはできないというべきであるから(日照という具体的な利益と異なり、天空視界の確保、上空開放感の維持といったものは、多分に主観的、抽象的な利益であるし、また、ここでいう採光の確保も、居室の採光とは異なりいわば全体としての明るさといった一般的なものを意味するというべきであって、法がかかる利益を隣接地の居住者等の個別的な利益としてこれを直接保護していると解することは困難であるといわざるをえない。)、南側隣地に係る隣地斜線制限を緩和する総合設計許可については、近隣の居住者等にその取消しを求める法律上の利益があるということはできない。
原告らは、総合設計許可に関する行政法規は、日照だけでなく、採光・通風の利益、プライバシー、建築物による視界阻害・圧迫感・不衛生・騒音・振動などによる居住環境への侵害を受けない利益といった周辺住民の人格的な利益を保護の対象としている旨主張するが、既にみたとおり、総合設計許可に関する法五九条の二の規定が、日照の利益のほかに、周辺住民の右のような利益を個別的具体的に保護することを目的としていると解することは困難である。
そうすると、本件総合設計許可に関する限りは、右許可により斜線制限の緩和の対象とされていない本件敷地の北側に居住等する原告宮崎、同福井、同安座上及び同田付ら(以下「原告宮崎ら」という。)、並びに、本件敷地の南側に居住し日照に影響を受けない原告山内、同山口(以下「原告山内ら」という。)は、いずれも右許可によってその法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者ということができないから、その取消しを求める原告適格を有しないといわざるをえない。
3 本件都市計画許可の取消しを求める原告適格について
建築物の最高限度の高さを定める高度地区計画は、建築密度が過大となるおそれのある市街地の区域で、良好な環境を保全する必要のある区域について指定されるものであるところ、本件都市計画による第三種高度斜線制限は、容積率三〇〇パーセントの住居地域において、敷地の北側境界線からの距離に応じた斜線方式による建築物の各部分の高さを制限するものであり、主として隣接地の日照の確保を目的とするものと解することができる。
そして、高度斜線適用除外許可の要件として本件都市計画が定めるものは、総合設計許可の要件(交通上等の要件を除く。)とほぼ同一であると解されるところ、右第三種高度斜線制限の目的からすれば、特定行政庁が右適用除外許可を行うにあたっては、右斜線制限によって保護された隣接地の居住者等の日照利益に対する侵害の有無・程度などについても個別的具体的に考慮して、その要件の審査を行うことを要求しているものと解されるから、右許可により日照利益に影響を受けることとなる隣接地の居住者等は、その許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するということができる。
これを本件についてみるに、前記認定のとおり、原告宮崎らは、本件建築物によってその住居等の日照に一定程度の影響を受けるものであるから(原告安座上は、<6>建物に居住していないが、同建物の所有者であり、同建物について日照が確保される利益を有しているものと解される。)、本件都市計画許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者といえるが、本件敷地の南側に居住する原告山内らは、もともと第三種高度斜線制限によって直接保護された利益を有するものではなく、本件都市計画許可によってその法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者ということができないから、その取消しを求める原告適格を有しないといわざるをえない。
なお、被告知事は、本件建築物は本件確認によって建築が可能となるのであり、既に本件確認がされている以上、本件都市計画許可の取消しを求める訴えの利益がない旨主張する。しかしながら、本件都市計画許可は、第三種高度斜線制限に抵触する本件建築物につき、その制限を緩和する処分であるから、出訴期間の経過によってその取消しを求められなくなった場合には、本件都市計画許可の違法を理由に本件確認を争うことができなくなるし、また、本件都市計画許可が取り消されない限り、本件都市計画許可の違法を理由に本件確認の取消しを求めることもできないから、原告宮崎らに本件都市計画許可の取消しを求める訴えの利益がないということはできず、被告知事の右主張は失当である。
4 本件確認の取消しを求める原告適格について
第三種高度斜線制限が隣接地の居住者等の日照利益を個別的に保護する趣旨をも含むものであることは前示のとおりであり、本件確認に係る本件建築物が建築されることによって前記認定のとおり日照に一定程度の影響を受けることとなる原告宮崎らは、本件確認の取消しを求める法律上の利益を有するものということができる(なお、右原告らの被る日照被害の程度が法五六条の二及び日影条例の規制の範囲内であるかどうかは、本案の問題として考慮されるべきことであり、本件確認の取消しを求める法律上の利益に影響を与えるものではない。)。
他方、原告山内らは、本件建築物が建築されることによって日照に影響を受けるものではなく、また、その主張する採光・通風の利益、プライバシー、建築物による視界阻害・圧迫感・不衛生・騒音・振動などによる居住環境への侵害を受けない利益なるものは、法六条による建築物の確認制度において、右原告らの個別的具体的な利益として直接保護されているとまで解することはできないから、右原告らは本件確認の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないといわざるをえない。
四 以上のとおりであるから、原告らは、いずれも本件総合設計許可の取消しを求める原告適格がなく、また、原告宮崎らは、本件都市計画許可及び本件確認の取消しを求める原告適格を有するといえるが、原告山内らは、本件都市計画許可及び本件確認の取消しを求める原告適格も有しないというべきである。
第二 本件都市計画許可の適法性について
一 前示のとおり、本件都市計画は、「建築基準法施行令一三六条に定める敷地内空地及び敷地規模を有する敷地に総合的な設計に基づいて建築される建築物で市街地の環境の整備改善に資すると認められるもの」については、特定行政庁が許可することによって、第三種高度斜線制限の適用を除外できる旨定めている。
原告宮崎らは、法及び都市計画法には、高度地区計画による制限を緩和する規定は存在していないから、本件都市計画において第三種高度斜線制限の適用除外を定めることは違法であると主張する。しかし、都市計画法は、都市計画において、市街地の環境維持又は土地利用の増進を図るため、建築物の高さの最高限度又は最低限度を定める地区として、高度地区の定めをすることができると定めているが(八条一項三号等)、その内容としては、その位置及び区域、建築物の高さの最高限度又は最低限度を定めるものとするとしているだけで(八条二項二号ニ)、そのほかには何ら具体的な定めをしておらず、法も、高度地区内においては、建築物の高さは高度地区に関する都市計画において定められた内容に適合するものでなければならないとしているだけで(五八条)、他に特段の規定を設けていないことからすると、都市計画法は、高度地区を都市計画において定めるにあたっては、その具体的内容及び指定地域をどのように定めるかを都市計画に委ねたものと解すべきであるから、高度地区を定める都市計画において、一定の例外的な場合に高度地区の定めを適用除外とすることを定めることも、高度地区を具体的に指定する方法の一つとして容認されているものというべきであり、本件都市計画における第三種高度斜線制限の適用除外の規定は都市計画法及び法に何ら違反するものではないと解するのが相当である。
そこで、以下、本件建築物につき高度斜線適用除外許可の要件が充足されているかどうかについて検討する。
二 抗弁1及び2の事実は当事者間に争いがなく、本件敷地が本件都市計画にいう「建築基準法施行令一三六条に定める敷地内空地及び敷地規模を有する敷地」であることは明らかである。
そこで、次に、本件建築物が「総合的な設計に基づいて建築される建築物で市街地の環境の整備改善に資すると認められるもの」に当たるかどうかについて検討するに(右要件は、総合設計許可の「総合配慮要件」と「環境整備要件」とほぼ同一であるということができる。)、抗弁4(一)(本件建築物の建ぺい率)は当事者間に争いがなく、前掲甲第二号証、甲第二一号証、乙第九号証、成立に争いがない甲第一〇号証、第一一号証、第二七号証、第八三号証、原本の存在及び成立に争いがない甲第七九号証(書込部分を除く)、弁論の全趣旨によって成立の真正(甲第一九号証については原本の存在を含む。)が認められる甲第一二号証、第一九号証、乙第一五号証、第一八、第一九号証、証人佐藤淳一の証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 許可要綱は、総合設計許可の可否に関する判断基準として、法が要求する最低限の空地・敷地要件をさらに細かく区分して基準を設け、計画建築物の敷地が接道すべき道路の幅員や敷地内の公開空地の形状などに関する基準を設け、敷地に対する公開空地の割合(有効公開空地率)に基づく容積率の緩和の原則及び緩和の限度、計画建築物と一般建築物の斜線投影面積の比較による道路斜線制限及び隣地斜線制限の緩和の限度、日照条件による北側斜線制限(第三種高度斜線制限を含む。)の緩和の限度を詳細に定めるものであって、建ぺい率、容積率及び各部分の高さについて総合的な配慮がされていることの統一的な認定基準として定められたものである。
また、許可要綱は、建築敷地の共同化及び大規模化による土地の有効かつ合理的な利用の促進と公共的な空地空間の確保による市街地環境の整備を図ることを目的として、市街地環境の整備改善、良好な建築・住宅ストックの形成、公益施設機能の補充、市街地の防災強化、福祉のまちづくりの推進などの基本目標のもとに制度の運用がされるべきであるとし、その対象となる建築計画の要件として、周辺の市街地環境に対して十分な配慮をした建築形態であることなどを挙げており、その建築計画が市街地の環境の整備改善に資するかどうかをも念頭に置いて定められたものであるといえる。
そして、高度斜線適用除外許可は、総合設計許可と極めて密接にかかわるものであり、許可要綱は、総合設計許可のみならず高度斜線適用除外許可の判断基準としても用いられ、東京都においては、許可要綱に基づいて右二つの許可の許否を判断しているものである。
2 本件建築物の用途別の床面積は、「事務所、店舗・レストラン及びスポーツクラブ」が四万二一九四平方メートル、「共同住宅」が一万二四四二平方メートル、「地域暖冷房施設」が二〇二四平方メートル、「中水道施設」が四七五平方メートルとなっており、本件建築物のうち、事務所、店舗・レストラン及びスポーツクラブの床面積に係る容積率三二三・一三パーセントは基準容積率(三二三・九五パーセント)の範囲内であるが、共同住宅並びに地域暖冷房施設及び中水道施設の床面積に係る容積率については総合設計許可による割増しが必要となる。
許可要綱は、市街地における住宅の供給の促進に資することを目的として、住宅用床面積が割増容積率に係る床面積以上の計画建築物を「市街地住宅総合設計」と位置付け、通常の場合よりも、容積率の割増しを多めに許容しているところ、許可要綱所定の計算方法によって算出される本件建築物の「有効公開空地率」は五八・三八パーセントであり、「市街地住宅総合設計」として公開空地によって許容される容積率の割増しの上限は約一三〇パーセントとなるが、本件建築物は、右上限の範囲内の九四・四七パーセントの割増容積率を得て、共同住宅の床面積に係る容積率九五・二八パーセントの大部分をまかなうものである。
また、東京都は、東京都公害防止条例に基づき、公害の抑制及びエネルギー節減のため、建築物が集中する地域において概ね床面積が二万平方メートルを超える建築物の新築を行う場合には、地域暖冷房の導入を推進しているが、本件建築物(床面積は五万平方メートルを超える。)には地域暖冷房のための設備が設けられ、また、本件敷地内には中水道施設が設けられる。これら施設は、許可要綱にいう「公害防止に寄与する施設」又は「供給処理施設等の負荷軽減に益する施設」として公益施設に該当し、その設置により、これが市街地環境の整備改善に資すると認められる限度で容積率の緩和が許容されることになる。本件建築物は、それら公益施設設置のための床面積に係る容積率(一九・一三パーセント)を、許可要綱中の公益施設による容積率の割増しによってまかなうものである。
被告知事は、公開空地によるものとして九四・四七パーセントの、公益施設の設置に必要なものとして一九・一三パーセントの各容積率の緩和を認め、本件建築物の容積率を基準容積率三二三・九五パーセントに一一三・六〇パーセントを加えた四三七・五五パーセントまで緩和したものであり、この容積率の緩和は準則や技術基準に抵触するものではない。
3 許可要綱は、道路斜線制限及び隣地斜線制限について、計画建築物が一般建築物と同程度の天空光を当該敷地周辺に確保していると認められる範囲内で右斜線制限を緩和するとの基本原則を定めたうえ、緩和の限度として、計画建築物の敷地各辺における斜線投影面積が、当該敷地における一般建築物の対応する各辺のそれを超えないことを原則とする旨定めている。右の基本原則は準則と一致しているが、緩和の限度の具体的な判定方法が、技術基準においては敷地境界線上の立面投影面積の比較によることになっており、この点が許可要綱と技術基準において異なっている。
本件敷地の各辺における本件建築物の斜線投影面積は、本件敷地の東、西、北の各辺においていずれも一般建築物のそれを下回っているが、南の辺において一般建築物のそれを上回っている。しかし、許可要綱は、斜線投影面積の特例を定めている結果、本件建築物の斜線投影面積は、南の辺を含め本件敷地の各辺で一般建築物のそれをかなり下回ることになり、本件建築物の各部分の高さまで南側隣地に係る隣地斜線制限を緩和することは許可要綱に何ら抵触しないということになる。
4 許可要綱は、高度斜線適用除外許可を行う基準についても定めており、第一種住居専用地域及び第二種住居専用地域に日影を生じさせる計画建築物につき、敷地境界線から一〇メートル以内の範囲に適用される日影条例の規制を敷地境界線から五メートル以内に適用し、敷地境界線から一〇メートルを超える範囲に適用される日影条例の規制を敷地境界線から五メートルを超える範囲に適用した場合に、その規制に適合する計画建築物についてのみ高度斜線適用除外許可を行うものとし、日影規制よりも厳しい基準を定めている。
そして、本件建築物によって生じる日影の等時間日影図は別紙6のとおりであり、本件敷地周辺の第一種住居専用地域及び第二種住居専用地域に生じる日影が許可要綱の右規制の範囲内にあるから、本件建築物は、高度斜線適用除外許可を受ける許可要綱所定の基準を充足する。
なお、訴外会社は、平成元年ころ、事務所棟を二六階建てとし住居棟を一七階建てとする建築計画を有していたが、そのようにした場合には、許可要綱の日照基準に抵触して高度斜線適用除外許可を受けることができなかったため計画を変更し、本件建築物につき総合設計許可等を申請したものである。
5 風洞実験によって予想される本件建築物の風環境は、本件建築物の周辺六二か所の測定地点で、建物の立地に適さないDランクの場所が五か所であったものが、本件建築物建築後にはこれが八か所となり、住居の立地に適さないCランクの場所が四か所出現することとなるが、植林等の対策によりDランクの場所を六か所に、Cランクの場所を二か所に押さえることができるとされている。
本件建築物の建築後における自動車交通は、本件建築物の南西の渋谷橋交差点(明治通りと駒沢通りの交差点)の交通量が容量を超える場合が予測されたが、他の交差点の状況からすれば、信号の現示調整を行うことによって大幅な渋滞は避けることができるものと考えられた。また、本件建築物の周囲は幅員の狭い生活道路が多いため、本件建築物への自動車出入り口は駒沢通りに面した部分だけに限定され、本件建築物内にも一万二〇〇〇平方メートルの駐車場が設けられることなどもあって、本件建築物へ出入りする自動車による周辺の生活道路への悪影響を予想させる具体的な資料は存在しない。
本件建築物の建築後の歩行者通行については、東京都千代田区内幸町所在の都心のオフィスビルである「日比谷中日ビル」と比較するなどの手法による予想では、渋谷橋交差点の歩道橋が狭隘なため歩行の混雑な時間帯が生じるが、通勤や買物をする歩行者の歩行が著しく困難になるような事態が発生することを予測させる具体的な資料は存在しない。
なお、本件建築物には、構造耐力、居室への採光・日照・通風、火災時の避難誘導、消火設備などの点で問題はなかった。
6 本件許可の時点(平成四年七月七日)における東京都渋谷区南東部の都市計画による用途地域等の指定の状況は別紙7のとおりであり、別紙7の中央部の赤色で塗りつぶした部分に位置する本件敷地は、渋谷副都心の広大な商業地域に近接している。
本件敷地南側を東西に通じる都市計画道路(環5ノ1、通称「明治通り」)の両側三〇メートルの範囲は渋谷副都心からつながる商業地域であり、本件敷地が接する都市計画道路(補5、通称「駒沢通り」)の両側三〇メートルは高度地区計画の規制がない住居地域である。
もっとも、本件敷地周辺は敷地が整備された一戸建ての低層住宅や中層の共同住宅が多く、その北東側は、第一種住居専用地域(第一種高度地区・文教地区)に指定され、宗教施設や外国の在日公館が多く存在し、緑の多い高級感のある低層住宅向きの住環境が維持されている地域が広がっているが、東京の都心部に通常みられるように、そのような第一種住居専用地域が、商業地域や幹線道路に近接しているため、第二種住居専用地域によって隔てられることなく、容積率四〇〇パーセント及び三〇〇パーセントの住居地域と接しているものである。
本件敷地は、JR山手線の恵比寿駅や営団地下鉄日比谷線広尾駅から三〇〇メートル程度しか離れておらず、渋谷をはじめ、都心の官庁街・ビジネス街との交通も便利なまとまった土地であるにもかかわらず、従前は、訴外会社の研修所や会館の敷地として利用され、住宅用建築物の敷地としても商業用建築物の敷地としても利用されていなかった。
7 ところで、東京都渋谷区は、昭和六〇年策定の「渋谷区基本構想」に代わるものとして、平成三年、都市づくりの理念・目標を掲げこれに沿った土木・建築事業を推進しようとする「渋谷区土地利用計画」を定めているが、この計画は、渋谷副都心の土地利用の高度化を図ってその基盤を強化するとともに、事業所床面積の増大に反比例して定住人口が激減した事態を打開し、居住に適した都市をつくり人口の定住化を進めることを基本的な目標としており、住宅の確保については、商業地において住宅と事業所との複合建築物の建築を推進し(複合住宅地区)、住居系地域において、地区の現状に応じ、住宅の共同化・高度化を図ったり(中層住宅地区)、あるいは敷地細分化を防止して優良な低層住宅地の環境を保全する(低層住宅地区)という方針を定めるものである。そして、本件敷地北東部の第一種住居専用地域は右土地利用計画の低層住宅地区と位置付けられ、本件敷地及びその南側は右土地利用計画の中層住宅地区と位置付けているものと考えられる。
東京都渋谷区は、本件建築物の建築について市街地の環境の整備改善に支障がないとの立場に立っており、被告知事は東京都渋谷区の意向をも確認したうえで本件各許可を行ったものである。
以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
三1 ところで、「総合的な設計に基づいて建築される建築物で市街地の環境の整備改善に資すると認められるもの」という高度斜線適用除外許可の要件は、その文言自体極めて抽象的であり、その性質上、技術的・専門的な事項にわたる事柄であることに照らすと、右要件の有無の判断は、建築や都市計画に関する技術的・専門的な知識経験を有するとみられる特定行政庁の広汎な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。そして、前記認定のとおり、東京都においては、総合設計許可及び高度斜線適用除外許可の判断のための具体的な基準として許可要綱を定め、その具体的な許否の判断を行っているものであり、本件都市計画許可についても、許可要綱に従って行ったものであるところ、許可要綱の内容に本件都市計画(及び法五九条の二)の定めの趣旨に反する不合理な点があるとは窺われないから、結局、本件建築物の建築計画がその建ぺい率、容積率、各部分の高さなどの点において許可要綱の定めに適合している場合には、他に特段の事情のない限り、被告知事が本件建築物につき右要件を充足していると判断したことは、裁量権の範囲内において適法にされたものとみるのが相当である。
2 これを本件についてみるに、前記認定したところによれば、本件建築物は、許可要綱所定の各種基準に適合するものであり、また、本件敷地が一万三〇〇〇平方メートルを超える相当規模の面積を有し、その中に確保される空地も相当に大きく(空地率は約六三パーセントである。)、土地の有効かつ合理的な利用、防災や景観保持に必要な都市空間を確保するという観点からする市街地の整備に有益であることに照らせば、たとえ、前記認定のとおり、一部の場所で本件建築物による風環境の悪化が予想され、また、渋谷橋交差点への容量以上の自動車の流入を招くことがあるとしても、それらは、本件建築物が「総合的な設計に基づいて建築される建築物で市街地の環境の整備改善に資すると認められるもの」に当たると判断することの妨げとなるほどの事情とまでいうことはできないというべきであり、結局、本件においては、被告知事が本件建築物について「総合的な設計に基づいて建築される建築物で市街地の環境の整備改善に資すると認められるもの」と判断したことに、その裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用した違法があるということはできない。
四 ところで、原告宮崎らは、本件における容積率等の緩和などに不合理な点があり、また、本件建築物は市街地環境の整備改善に資するものでない旨主張するので、以下、順次検討することとする。
1 原告宮崎らは、許可要綱が定める斜線投影面積の特例は、計画建築物が境界線から後退する部分の斜線投影面積を二重に控除するものであり、準則及び技術基準によっても許容されておらず、法の予定しない斜線制限の緩和を認めるものであると主張する。
しかし、準則及び技術基準が許可要綱の定めるような斜線投影面積の特例を置いていないのは、前記認定のように、許可要綱が斜線制限の緩和の判定基準として斜線投影面積の比較手法を用いているのに対し、準則及び技術基準は立面投影面積の比較手法(技術基準)を用いているという違いによるものであって、準則及び技術基準が斜線投影面積の特例を許容していないからではないし、もとより右手法のいずれがより優れているということもできないのであるから、許可要綱が斜線投影面積の比較手法によるとしたことが直ちに不合理であるとはいえない。また、斜線投影面積の比較手法による場合には、もともと境界線上において、計画建築物と一般建築物との各斜線投影面積を比較するものであるから、斜線投影面積の特例が境界線からの後退部分の斜線投影面積を二重に控除するものとする原告宮崎らの主張が当たらないことはいうまでもないし、斜線投影面積の特例は、高層建築物の位置をできるだけ境界線から遠ざけ、隣地への圧迫感を減少させるという合理的な目的で設けられたものと解されるから、この特例による斜線制限の緩和を許容した許可要綱の定めが、本件都市計画(及び法五九条の二)の定めの趣旨に反する不合理なものということはできない。
2 次に、原告宮崎らは、本件敷地内の公開空地によっては、十分な避難場所が確保されているとはいえず、本件において公開空地による容積率の割増しを許容したことは違法であると主張する。
しかし、前記認定のとおり、許可要綱によれば、本件の場合、公開空地によって許容される容積率の割増しの上限は約一三〇パーセントであるところ、実際には、そのうちの九四・四七パーセントの容積率の緩和を認めたにすぎないものであり、また、本件敷地内の空地の状況は別紙3のとおりであって、特段、原告宮崎らが主張するような容積率の割増しを不合理とする事情があるとも窺われないから、本件において、公開空地を基準として容積率の緩和を認めたことに不合理な点は存在しない。
3 また、原告宮崎らは、公益施設の設置を理由として容積率を緩和することは違法であり、そうでないとしても、本件敷地周辺は東京都公害防止条例による地域暖冷房推進地域ではないから、地域暖冷房施設をもって公益施設による容積率の割増しを行うことは違法であると主張する。
しかし、公益に資する施設の設置は、市街地の環境の整備改善を目的とした総合設計許可の制度ないし高度斜線適用除外許可の趣旨に適うものであって、その設置のために容積率を緩和することが法あるいは本件都市計画によって禁止されていると解すべき根拠も見当たらないから、一般的に公益施設の設置を理由とする容積率の緩和が違法であるとはいえない。そして、五万平方メートルを超える床面積を有する本件建築物について集中的な暖冷房を行うため地域暖冷房の設備を設けることは、大気汚染などの公害の抑制や省エネルギーに資するということができるから、たとえ本件敷地周辺が右条例による地域暖冷房推進地域に指定されていないとしても、本件建築物に設置される地域暖冷房施設は公益施設ということができ、その設置に必要な床面積に係る容積率を割増しすることは、何ら違法でないというべきである。
4 さらに、原告宮崎らは、本件建築物のような超高層の商業施設を建築することは、近隣の低層住宅等によって形成されている静謐で高級感のある良好な住環境を破壊するものであって、市街地の環境の整備改善に資するものでないと主張する。
確かに、原告宮崎らが従前に享受していた住環境だけに着目し、既存の住環境の保全以外の要請を考慮する必要がないとすれば、第一種住居専用地域の近くに本件建築物のような高層建築物が建築されることは、既存の住環境の維持と必ずしも調和しないということもできないではない。しかしながら、総合設計許可ないし高度斜線適用除外許可の処分要件としての「市街地の環境の整備改善」は、単なる既成市街地の「環境の保全」を意味するものでなく、土地の高度利用に伴って実現される市街地環境の整備改善を意味するものと解すべきであることは当然であり、本件敷地のように渋谷副都心に近接する都市部の既成市街地においては、本件敷地が住環境の良く整備された第一種住居専用地域に接していることをもって、その第一種住居専用地域の住環境だけに着目し、これを基準にして市街地の環境の整備改善に資するか否か検討することは妥当でないというべきであるから、原告宮崎らの右主張は理由がないといわなければならない。
五 右のとおりであるから、本件都市計画許可は、本件都市計画において定められた高度斜線適用除外許可の要件を充足するものであり、かつ、東京都建築審査会の同意を得たうえで行われたものであるから、何ら違法なものではないというべきである。
これに対し、原告宮崎らは、東京都建築審査会の右同意は、本件建築物に関する下水道、地盤沈下、風害、歩行者通行についての不備あるいは捏造した資料に基づいて行われたものであって、無効であると主張するので、検討するに、原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証、第五九号証、乙第一六号証の一ないし六、弁論の全趣旨により成立の真正が認められる甲第三二号証、第三八、第三九号証、証人佐藤淳一の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件建築物の下水道に関する資料において、本件敷地内の緑地に降った雨水の公共下水道への流入係数の予測値が当初〇・〇とされていたのが、その後〇・二に変更されていること(なお、平成四年四月、訴外会社と東京都水道局長との間で開発行為に伴う公共下水道施設についての協議が成立している。)、また、本件建築物の地盤に関する資料では、地盤沈下を防止するための連続止水壁の深さが当初地下二三メートルとされていたのが、東京都建築審査会の前記同意後のボーリング調査に基づき地下二六メートルに変更されたこと、同審査会では、東京都の職員が、本件建築物の概要や容積率、隣地斜線制限及び第三種高度斜線制限の緩和の概要、公聴会において出された住民の意見の概要とこれに対する東京都の見解を説明したうえで、前記同意がされたものであるが、その際、雨水の流入係数や連続止水壁の深さについての説明は行われておらず、その点は同審査会における検討の対象となっていなかったこと、本件建築物による風害に関しては、東京都の職員から、委員に対し、風洞実験の結果によると周囲への大きな影響はなく許容範囲に入っているが、なお再度の実験を行っている(結果は未だ出ていない。)旨の説明がされていたが、その後、再実験の結果では、本件建築物の周囲に前記認定のような風害の発生することが判明したことが認められる(なお、原告宮崎らが主張するように、同審査会に提出された歩行者通行に関する資料が捏造されたものであることを認めるに足りる証拠はない。)。
右認定したところによれば、雨水の流入係数や連続止水壁の深さは、もともと東京都建築審査会における検討の対象とされていなかったものであり(下水道施設の容量の問題は東京都水道局長の判断に委ねられるべきものであり、また、地盤沈下の点は将来の建築工事に伴う問題であるから、本件都市計画許可についての同意に際し、同審査会がその流入係数などの数値についてまで検討しなければならないものとは考えられない。)、それらの数値が変更されたとしても、そのことは前記同意の効力に何らの影響も及ぼすものとはいえないし、また、風害に関する再実験の結果も、それだけで同意の可否を左右するようなものとはいえず、同意後に前記のような事情が判明したからといって、直ちに同審査会のした同意が無効なものになるということもできない。
したがって、資料の不備等を理由に同審査会の同意の無効をいう原告宮崎らの主張は理由がない。
第三 本件確認の適法性について
原告宮崎らは、本件各許可の違法を理由に本件確認の取消しを求めるものであるが、本件各許可と本件確認とは必ずしも同一の目的をもった一連の行為を構成するものとまでいえるかどうかは疑問であり、また、それぞれ独立の行政処分として、各別に取消訴訟の対象となりうることからすると、本件各許可の取消しを待つことなくその違法を理由に本件確認の取消しを求めることは許されないと解すべきではないかと考えられるが、その点はさておくとしても、本件総合設計許可は容積率制限と南側隣地に係る隣地斜線制限を緩和するにすぎないものであるから、それが違法であるかどうかは、原告宮崎らの法律上の利益と関係がないというべきであって、原告宮崎らは右違法を主張して本件確認の取消しを求めることはできない(行政事件訴訟法一〇条一項)といわざるをえないし、また、本件都市計画許可が適法であることは前示のとおりであるから、右許可の違法を理由に本件確認の違法をいう原告宮崎らの主張は失当というほかない。
したがって、本件確認には原告宮崎ら主張の違法はなく、本件確認に取り消すべき瑕疵はないというべきである。
第四 結論
以上の次第で、原告山内らの被告らに対する本件訴え及び原告宮崎らの被告知事に対する本件総合設計許可の取消しの訴えは、いずれも原告適格を欠くものとして不適法であるから、これを却下することとし、原告宮崎らの被告知事に対する本件都市計画許可の取消請求及び被告建築主事に対する本件確認の取消請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(別紙)
物件目録
所在 東京都渋谷区広尾一丁目四八番二及び四八番五
敷地面積 合計一万三〇五七・八三平方メートル
(敷地の形状は別紙1の図面のとおり)
主要用途 事務所、共同住宅、店舗、スポーツ施設
建築面積 四七九一・九五平方メートル
延べ面積 六万九四八四・九二平方メートル
構造 鉄骨造・鉄骨鉄筋コンクリート造地上二二階、地下三階
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>